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彼女と初めて出会ったのは、私が八歳の時だった。正確に言うと、会ったのは私ではなく、其志雄だったけれど。私も会話を聞いていた。会話の反応の速度で、すぐに飛びぬけた才能を持っていると分かった。五年後、私は彼女と再会することが出来た。私は十三歳になっていた。
「同館は、あと30分で閉館になります。貸出し手続きがまだお済みでない方は、それまでに、手続きをお願い致します。」
「あら、貴女。お久しぶりですね。真賀田其志雄さん?それとも、妹さんの方?」
「こんにちは、瀬在丸紅子さん」
「五年ぶりかしら。一瞬、誰だが分からなかった。随分大きくなられましたね。お名前伺っても良い?」
「私の名前をご存じないのですか」
「妹さんのお名前は、伺っていません」
「私は、真賀田四季です」
「初めまして、四季さん。お兄様は、お元気?」
「兄は、いなくなりました」
「それは、寂しいでしょうね」
「瀬在丸さんは、現在、どんなご研究を?」
「いいえ、駄目なの。最近は頭が悪くなってしまって、思うようにはいかないわ。アイデアはいくつがあるけれど、計算が追いつかないし」
「計算用のコンピューターをお使いなりたいのでしたら、お譲りします」
「どうして、そんな高価なもの?」
「好意です」
「フェイバー?カインドネス?」
「ふふん。貴女のような方を待っていました。是非、貴女と仕事がしたいと思います」
「どんな?」
「貴女の好きな仕事を」
「それならば、もうしています。私は貴女にはとてもかなわない。私はもう、引退を待つ身です」
「そんなことはありません。」
「ごめんなさい。私は、貴女が想像している以上に気難しくて、協調性がなくて、そういう欠陥品なんです」
「謙遜や、遠回しな拒絶が必要ありません。私と仕事をするメリットは、感じられませんか?」
「嬉しいけれど、でも、率直に言います。感じません」
「なぜ?」
「貴女のような天才と仕事をすれば、影響を受けて、自分もよい仕事が出来そうに思える。そういう人も多いのでしょうね。でも、それは幻想です。私は、貴女から学ぶものは、何もありません」
「貴女のような方にお会いしたのは、初めてです」
「ごめんなさいね。期待を裏切ってしまって」
「いいえ。お話出来て、楽しかったです」
「私もよ」
「はい。新藤です」
「叔父様、私です」
「あぁ、四季か。どうしたんだい?」
「叔父様と、どこかにお出掛けしたいの」
「忙しいんじゃないのかい?」
「そんなことどうでも良い。遊園地に行きたい」
「前にも一緒に行ったね。良いよ」
「いつでも?明日でも?」
「構わないよ。君のためなら、他の仕事はいつでもキャンセルできる」
「嬉しい。じゃあ明日、遊園地に行きましょう」
「そういう所は、子供みたいだね」
「遊園地が子供っぽい?なぜ私が嫌がることを言うの?」
「失礼。からかったんだ。でも君は、子供だよ」
「そうご自分に言い聞かせているだけでしょう」
「参ったなぁ。もう口でも勝てなくなりそうだ」
「明日、迎えに来てくださる」
「分かった。行くよ」
「各務です」
「服を用意して。新しいの。ワンピースが良いわ。客観的に見て、女性らしい。大人っぽいものにしてださい」
「了解致しました。後でお部屋にお届けて致します」
「次は何に乗りたい?」
「ううん。もう充分」
「酔わなかった?」
「少し。叔父様、肩を貸して」
「疲れたようだね。花火が終わったら、そろそろ帰ろうか」
「いや。もう少し、こうしていたい」
「失礼。ちょっとトイレに行って来るよ。ここで待っててくれ」
「あの...すみません。警備の方ですよね。あそこのベンチに若い女の子がいるでしょう。白い服の。僕が戻るまで少し見ていてくれませんか。ちょっと心配で」
「ええ?あぁ...ずっと見てるというわけにも...それに、遊園地の警備員じゃないんですよね、俺。警察です」
「警察?何かあったのですか?」
「いや、念の為の警備です。良いですよ、少しの間、見ているようにしましょう」
「ありがとう」
「あぁ、祖父江巡査部長」
「敬礼しないで。名前何だっけ?」
「杉本です」
「こんな眼立つ所に制服で立ってたら、何事かと思われるだけだよね。先、巡査部長と話したんだけど、イベント館の方へ警備に回ってくれる?あっちは手薄なんだ」
「分かりました」
「敬礼しない」
「すみません。あぁ、でも...」
「何?」
「先、あそこの女の子を見ててくれて頼まれたんです。たぶん父親かなぁ。あれ、あそこのベンチにいたんですけどね」
「どんな子?」
「白いワンピースの...中学生ぐらいの、美人ですよ」
「そういう表現は好きじゃないけど...そのぐらいの年なら迷い子にもならないじゃない?」
「そうですね。しかし、まだ現れませんか?例の絵画専門の怪盗は」
「声が大きい!さっさと行って」
「すいません」
「あの...この辺りに白い服を着た女の子がいませんでしたか」
「私は見てませんけど」
「参ったなぁ...あぁ、ありがとうございます」
「女につけられている。あれ、君のファン?」
「えぇ?はぁ...嘘」
「知り合い?誰か?」
「真賀田四季」
「えぇ?どうして?」
「ちょっと別れましょう?話してくるから十分後にこの先の橋の上で」
「了解」
「こんばんは、各務さん。ふふん、面白い格好。いいえ、とっても素敵。デートだった?」
「なぜ、ここへ?」
「偶然です。デートで来ていたの。パレードを見ずに、顔を伏せて通り過ぎるカップルがいると思って、見たら、髪の長さも服装も違うけれど、貴女の歩き方だった。一緒にいた男性は泥棒?それとも殺し屋?」
「あの...」
「ここに来る途中、警官とたくさん擦れ違いました。彼らが警戒しているのは、貴方たちのことでしょう。そのファッションは素敵だけれど、明らかに変装です」
「えぇ...泥棒です」
「彼のことが好き?」
「それは...」
「嫌いだったら、こんな協力はしないでしょうね」
「えぇ...はい。この年になって、多分、初めてのことだと思います」
「思考が機敏ですね。私は、貴女が好きです。教えて頂きたいことがたくさんあります」
「私を、四季様に?何を教えるというのですか?」
「キスの仕方を教えて欲しいの」
「えぇ?どうしてですか?」
「したことがないから。練習をしたくて」
「別に...難しいものではありません」
「どこにも、解説されていません」
「ここには何方と来られたのですか」
「叔父様です。彼とキスをしたいの。彼のことが好きだから。あぁ...本当に、私どうしたら良いのか途方に暮れているのです。どう言えば良いの」
「思っていることをそのままおっしゃれば良いと思いますけど...新藤様はどちらに?」
「今頃、探しているのでしょうね」
「きっと心配なさっています」
「その方が良いの。少しはショックを与えて、理性を忘れさせた方が良いわ」
「本当に、心配されていますよ」
「先の彼と、待ち合わせているんでしょう。良いわ、もう解放します」
「はい。では、まだ明日」
「四季様」
「こんなふう?」
「お上手ですね。初めてとは思えません」
「本番が、うまくいくよう祈ってて...」
(終わり)